電気自動車から楽器まで…X線を通すと何が見える?

Andrea Lutz|2020-10-27

XXL-CTと呼ばれる巨大なCTからモバイルスキャナまで ― X線技術は医療の領域以外でも、素晴らしい力を発揮します。X線にまつわる輝かしい7つの物語をご紹介しましょう。

これまで、特に高エネルギー分野のCT撮影は、小さくシンプルな構造の物体にしか行われていませんでした。既存の大型CT装置では、適切な再構成アルゴリズムを活用できず、単純な画像しか撮影できなかったからです。そこでマイケル・サラモン氏の言う『好奇心旺盛な研究者仲間たち』は、巨大なオブジェクトをスキャンして高解像度の3D画像を生成できる技術を開発しました。彼らが使用したX線源は、Siemens HealthineersがX線検出器と組み合わせて開発した直線粒子加速器(LINAC) です。自動車や飛行機などの大きな物体は、X線技術開発センター(EZRT)研究所内のテストホールにあるターンテーブルの上で回転させられます。それらを検出器とX線でラインごとにスキャンして様々な角度からの画像を取得し、詳細な3D画像を作るためのベースを作ります。

ヴィルヘルム・コンラッド・レントゲン博士は内向的な性格だったと伝えられています。彼は発明に全力を注ぎ、そしてそれを「特許やライセンス契約などで個別の企業だけのものするのではなく、広く一般に公開されるべきだ」と感じていました。彼は自身が発見したX線の重要性を常々認識していたものの、この技術が医療領域を超えた他の多くの分野でどれほど役立つことになるかは想像もしていませんでした。衝突事故後の電気自動車を安全に分析できる計測用X線CTスキャナから、グリーンランドで氷の中心構造を調べるためのモバイルミニCTスキャナまで ― X線技術によってなされた発見は重要なものばかりです。ドイツ・バイエルン州フュルトにあるフラウンホーファー集積回路研究所(IIS)の一部門であるEZRT研究所でグループリーダーを務めるマイケル・サラモン氏を魅了するのは、まさにこの「物体の内部を透視する」力です。サラモン氏は同僚らと共に、社会が直面している課題に取り組んでいますが、「X線技術はドイツ史上、最も輝かしい発見の1つでしょう」と言います。そしてこのことがよくわかる、7つの物語を語ってくれました。

バッテリーから離れていても、衝突試験後の電気自動車の解析が可能に

フラウンホーファー研究所の巨大なXXL-CT装置の重要な用途の一つに、衝突試験後の自動車の解析があります。以前は、衝突試験後の残骸構造を分析するために、手順を踏んで分解する必要があり、時間がかかっていました。しかしEZRTの非破壊X線検査をすれば、分解しなくても、電気自動車のバッテリーモジュールなど、以前はわからなかった構造や、材質まで分析できるようになりました。「衝突後の電気自動車のバッテリーには、誰も触れないのが理想です。構造にどのような損傷が発生し、どんな影響が出ているかがわからないためです。X線検査を活用すれば、より安全で効率的な衝突試験を設計し、ドライバーの安全基準を大幅に改善するのに役立つ実験結果を、自動車業界のパートナー企業に提供できます」とサラモン氏は言います。

X線技術を品質検査に活用すれば、自動車製造における安全に関する情報を、より多く得ることができます。サラモン氏は「車両内の安全に関わるアルミニウム部品を全てスキャンすることは、道路交通の安全性を大きく改善することに繋がります。車両が生産ラインを離れるまでに、さまざまな部品をX線スキャンしますが、そうすることでその車両が道路を走るために本当に必要な強度を持っているかどうかを確認できるのです」と説明します。

XXL-CT撮影の3つ目の応用例は、全く異なる目的で使用されています ー 海上貨物の検査です。
貨物の2D画像は、これまでにも各国の港で使用されてきましたが、さらにIISで開発された3D技術を用いることで、いまや警察と税関の職員はコンテナの内部の小さなオブジェクトまでも明確に視覚化できるようになったのです。この技術は、デジタル画像での積み荷確認を可能にし、爆発物や武器のコンテナを捜索する治安当局の「密輸との闘い」に貢献しています。

XXL-CTスキャンを活用すれば、歴史的な遺物を解体せず分析することもできます。「私たちは最近、第二次世界大戦のロケット式迎撃機のデジタルツインを生成しました。計測用X線 CTシステムで、翼を取り外した状態の航空機をスキャンしたのです」とサラモン氏は説明します。スキャンされた標本は貴重なもので、ミュンヘンのドイツ博物館のコレクションの一部です。学芸員たちは、ME163メッサーシュミット(ニックネームは「Kraftei」)のスキャン画像が、時速1,000kmの壁を初めて突破したロケット迎撃機の歴史に新たな視点をもたらすのではないかと期待しています。

大型のX線不透過物質をスキャンするには、大量のエネルギーが必要です。これを可能にするために、フラウンホーファー研究所のテストホールには、直線粒子加速器が装備されています。これはSiemens Healthineersによって特にXXL- CT向けに開発されたもので、デモ用として利用できるようになっています。そして多くの研究分野が、この加速器の恩恵を受けています。

ドイツ国立博物館の修復者がアッツェンホフで調査を行っている歴史的価値の高い品々は、ロケット式迎撃機よりもはるかに壊れやすいものです。彼らは、古い時代のトランペット、ドラム、フルートの内部構造がどうなっているのかを調べたいと考えていました。特に古い楽器の場合、直接見たり触ったりできない部分がどのように構成されているのか、また保管状態や長年の使用によってどの程度損傷しているのかが明確にわからないことがあります。しかし、貴重な歴史的資産を解体するという選択肢はありません。そこでCTの出番です。「楽器CT検査基準」(MUSICES)プロジェクトの一環として、サラモン氏の同僚らは、歴史的に重要な100以上の楽器を3Dスキャンし、楽器のスキャンに関するガイドラインをまとめました。


マイケル・サラモン氏は自身のことを「フラウンホーファー育ち」だと言います。彼はフラウンホーファー研究所で13年間も勤務し、その理由を「ただただ面白いからです」と説明します。またサラモン氏はEZRT研究所のグループリーダーで、理論物理学とその応用についての相関性を 説明できます。物理学者ではない人に向けて執筆する場合、彼ほど最適な取材先はないでしょう。


「私たちがこれまでスキャンした中で最も古いものは、ティラノサウルス・レックスの頭蓋骨です」と、サラモン氏は振り返ります。その遺骨は推定6,640万年前のメスの恐竜と推定されています。その頭蓋骨は500キロもあったため、古生物学者がそれを見つけた場所で、箱に入って埋められた状態のままX線スキャンが行われました。。頭蓋骨を傷つけることなく内部構造を確認するためには、フラウンホーファー研究所の専門知識とSiemens Healthineersの技術を結集して臨む必要がありました。そのおかげで破損箇所はすべて事前に、確実に検出することができ、それらを考慮しながらスキャンが進められました。ここで生成されたX線スキャンデータを使用して、いまや3Dプリントによって、本物に忠実な骨格レプリカを作ることができます。「恐竜のスキャンにより、これまではっきりと識別されていなかった骨の存在が明らかになりました」とサラモン氏は述べ、さらにこう付け加えています。「こういったサプライズがあるからこそ、この仕事は魅力的なんです」。

極地の氷のを調べるために、グリーンランドにCTが持ち込まれました。
現地で直接スキャンを実行するためには、簡単に移動させられるモバイルCTが必要でした。

7つめの物語の舞台はがらりと変わります ー グリーンランドです。「北極の氷のコア部分は、環境に関する膨大な情報がつまった、いわば『気候情報の書庫(or アーカイブ)』です。これを調べることで、地球がどのように進化・発展を遂げてきたのかを知ることができます。氷の内部に閉じ込められたほこりの微粒子や気泡は、遠い昔(or太古の時代)の大気についての情報を提供してくれます。また現地にはテント内にX線装置が設置され、壊れやすい雪の構造のスキャンが可能になりました。もしドイツ・ブレーマーハーフェンにあるアルフレッドウェゲナー極地海洋研究所に設置されたCTを使用すれば、深さ3,000メートル以上の氷の微細構造だって解析できますよ」とサラモン氏は言います。
この「Helix-CT」と呼ばれるCTと専用のX線検出器を使用すると、1メートルの長さの氷のコア全体を、その動きを止めることなく1度でスキャンできます。

ミクロやマクロといった規模に関係なく、白亜紀の知見から、未来に影響を与える気候変動に関する啓示、産業分野の安全確認テストから歴史家たちにとって刺激的な洞察まで…まさに、X線技術の用途は多岐に渡ります。
「X線技術は、ドイツ経済における主要なファクターであり、私たちの社会にも大きく影響しています」とサラモン氏は言います。残念ながら、この目に見えない光線が持つ莫大な価値は、まさにそれが「見えないほどある」、と彼は続けます。レントゲン博士の後に続く人々が変えたいものがあるとすれば、このようなものかもしれません。
「X線は目に見えません。しかし、私たちはX線によってさらなる進歩を遂げられるような、輝かしく、多彩な方法を突き止めていきたいと思っています」 。


高さ14メートルのテストホールには、8メートルの操作タワーが2機、3メートル幅のターンテーブル、3トンのX線源、長さ4メートルの検出器が収容されています。頑丈なクレーンによってターンテーブルに配置されたオブジェクトは、軸を中心に完全に回転し、ラインごとにスキャンされます。X線のエネルギー量は、オブジェクトの材質とサイズによって異なりますが、最大で9メガエレクトロボルト(MeV)を放射することができます。これは、従来の産業用X線システムの約20倍にもなります。