デジタル化する遠隔地医療

Garry Barker|2020-03-19

遠隔地への医療検査サービス提供に関して、オーストラリアほど進んでいる国はないでしょう。長年、国を挙げて農村部や遠く離れたアボリジニのコミュニティに対し、糖尿病や尿路疾患のポイント・オブ・ケア(POC)検査が実施されてきました。しかしながら、デジタル化されたシステムで一元管理されるようになったのは実はごく最近のことです。

日本列島の4倍以上もの大きさの病理クリニックを想像してみてください。約173万平方キロメートルものエリアをカバーしているこのクリニックでは、訓練を積んだ1万人もの訓練された分析オペレーターが、200万人にものぼる潜在的患者にサービスを提供しています。近代的な都市部から湿度の高い熱帯雨林、気温50℃に達する灼熱の砂漠まで、このサービスが届けられる地域は様々です。
これが、オーストラリア・クイーンズランド州保健局が運営するPOC検査システムがカバーする範囲で、すべてが光ファイバーケーブル、マイクロ波無線、通信衛星でつながっており、ロイヤルブリスベン病院に拠点を置く3人の専門家チームによって管理されています。

POCコーディネーターのCameron Martin氏が統括するこのシステムは、2018年には44万件もの検体を処理しましたが、2019年はさらに増えると予想されています(※本記事は2019年5月に執筆されたものです)。クイーンズランド州は面積の広大さをはじめ、大都市から数百キロも離れた場所にも小さなコミュニティが散在するという、遠隔性においても特別な課題を抱えています。「熱帯雨林と砂漠には、それぞれに固有の病気や疾患があります」とMartin氏は言います。この検査サービスでは、州都ブリスベンから西に1,600キロメートルも離れたバーズビル(オーストラリアで最も人里離れた場所)で分析装置が稼働しています。バーズビルの夏は暑く、アスファルトの道路で、数秒で目玉焼きを作ることができるほどです。「日陰でも50℃以上、という気温は分析装置の精度を保つには暑すぎるのですが、医療センターには空調設備があります」とMartin氏は言います。「クイーンズランド州の最北端、ヨーク岬には先住民族のコミュニティが複数あり、それぞれが医療センターを有しています。そしてそのすべてに少なくとも1台、分析装置が設置されています。このサービスは、パプアニューギニアとの国境やトレス海峡諸島まで、州全体をカバーしているのです」。

Cameron Martin, クイーンズランド州保健局 POCコーディネーター (オーストラリア)

距離と遠隔性というオーストラリアが抱える大きな課題は、このシステムによって克服されましたが、さらに季節的な試練というものもあります。州北部のケアンズ周辺では近年、これまでに経験したことのないほどの激しいサイクロンと洪水が発生しているのです。「このせいで問題が起きることはめったにありませんが、被害を受けた地域に資源を確保しなければならない場合は、州緊急サービス(State Emergency Service)のヘリコプターとボートが助けになります」。 極北であれば、梅雨の時期には他のコミュニティに行く唯一の方法が飛行機。しかないということがよくあります。
「非常に遠くにあるへき地の医療センターとも、マイクロ波無線と通信衛星機能を備えた光ファイバーケーブルによってつながることができます。クイーンズランド保健局が数年前にケーブルの素材を銅から光ファイバーに変えて再配線したのは素晴らしいことです。オンライントレーニングを含む遠隔医療プログラムのためでしたが、非常に効果的だったため、私たちはそこに便乗したのです」とMartin氏は言います。

検査技師の研修生がコースを修了すると、Martin氏のコントロールセンターに彼らのIDとトレーニング内容の詳細が送信され、その後、ミドルウェアとなるSiemens Healthineers POCceleratorオープンデータマネジメントソリューションに送られます。「テストを正しく完了していない研修生には、POCceleratorのレポートをもとに生成された警告メールが3回送られます。これを無視すると、登録期間を短縮され、再度トレーニングプログラムを受けなくてはならなくなります。これは素晴らしいツールです。やみくもに全員を調べていくのではなく、テストを完了していない研修生を除外するだけでオペレーターを管理できるのですから。必要に応じて個々の分析装置に詳細を送っておけば、検査を行っているのはきちんとトレーニングを受けた人だけだという確認もできます」とMartin氏は言います。「問題がある場合はいつでも、どの検査技師、どの分析装置が稼働しているのかまでトラッキングできます。誰が検査をしているのかがいつでもわかるのです。」
オーストラリアの奥地("the Outback”と呼ばれます)で働くのは短期滞在者が多く、検査技師たちの入れ替わりも激しくなります。検査技師の採用、検収、そして登録は日常的に発生する膨大な作業です。またこれは、分析装置や他の機器の履歴をしっかり保存しておかなければならない、ということも意味します。
この検査サービスは190か所以上で実施されており、各施設で少なくとも1台の分析装置が稼働しています。現在、合計で300以上の、幅広いメーカーの様々な種類の分析装置があり、その数は増え続けています。新しい機器が開発されたり、分析装置がアップデートされるにつれて、検査項目が増えたり、より精度の高い検査ができるようになってゆくでしょう。Martin氏のチームは、彼らのサービスがこれらの機器の進化に遅れないよう、注意深くチェックしているのだそうです。
「私たちは35か所のクイーンズランド病理学研究所と連携しています。すべて東海岸にあり、多くがマウント・アイザやロングリーチのような内陸の広いエリアに点在しています。研究所の科学者達は結束が固く、全員が顔見知りなのです」と、Martin氏は言います。

ポイントオブケアアナライザーは、遠隔地の医療検査サービスの重要な部分です。
距離と遠隔性は、オーストラリアの医療システムが抱える大きな課題です。

検査の実施・結果の受け取りは、血液サンプルを病理検査室に搬送し、結果が医師に返されるのを待つ従来の方法よりもはるかに迅速に行われます。「たいていの場合は指先の血液を分析するるもので、検査項目によって、2分〜10分で結果を得られます」と彼は言います。「結果だけではありません。患者が誰で、どこにいて、誰が検査を行ったのかまでもわかります。検査施設のスタッフも同じく結果を把握しており、彼らは州全体の病理システムでつながっているため、医師は患者をその場で治療するか、より大きな医療機関に搬送するか、また陸路で搬送するのかフライングドクターサービスを使って空路で搬送するのかなどを、現場で判断することができるのです」。
Martin氏によれば、このシステムのおかげで、遠隔医療スタッフは、誰がとどまり、誰が現場に向かうのか、より多くの情報に基づいて判断できるといいます。「私たちが持っている搬送サービスを最大限に活用することであり、患者にとって最善の決定をすることでもあります。」

 

オーストラリアの遠隔医療センターは、主にアボリジニの人々が苦しんでいる風土病性糖尿病から心臓発作、大都市のクリニックで遭遇するような慢性病に至るまで、多様な問題に取り組んでいますが、さらに『遠隔地』という難しさがつきまといます。

POC分析装置は、医療プロセスのうち、検査と診断の最終段階を処理します。「胸の痛みを検査し、患者が心臓発作を起こしていないかを確認します」とMartin氏は言います。 「胸の痛みは診断項目の中でも極めて重要です。あまり一般的な検査ではありませんが、それが本当に心臓発作なのか、単なる筋肉の緊張または消化不良なのかを、できるだけ早く知る必要があるからです。また私たちは腎臓の検査もできますし、敗血症を調べるための分析装置も所有しています」。彼は近い将来、オーストラリアの、世界最高レベルの強さの日光が原因で皮膚がんになった扁平上皮細胞を検査する装置が開発されるのを期待しています。
「電解質や尿素のスクリーニングは一般的に行われています。また血液ガス(酸素と二酸化炭素)分析は、さまざまな疾患を示唆する可能性があるため、私たちが行うスクリーニングの大部分を占めています。これらの分析装置は、救急の現場で診断ツールとなるだけではありません。これらでINRテストをすることで、抗凝血剤を使用している人々が過剰な量を摂取しないように監視することもできるのです。これは特に、リウマチ熱を患っている人の多いヨーク岬近郊でよく実施されています。1回訪問すれば、患者はその場で検査結果を知り、治療やサポートを受けられるのです。」

 

「ここ15年ほどで、これらのデバイスはより持ち運びやすく、信頼性が高く、正確になり、さらに今もなお改善され続けています」とMartin氏は言います。同時に、データを管理するためのテクノロジーも高度化しており、これらのデバイスで、研究施設で行われるのと同等の品質の検査結果が出せるようになったのです。

POCceleratorオープンデータマネジメントソリューションを導入して以来、クイーンズランド保健局は、診療報酬による原価回収率が5%増えるなど、コスト面でも大きな利益を達成しています。またMartin氏とスタッフは、コーディネーターとしての仕事に週に8時間を割けるようになったということです。

 

Garry Barker:ビジネス、テクノロジー、ヘルスケアを専門とする。現在は、これらのトピックについて執筆し、グローバルポッドキャストで毎週配信。メルボルンの朝刊『The Age』 で技術編集者の経歴を持つ。

(写真:George Clerk/Getty Images, Andrea Robinson/Getty Images, イラスト:Patricia Tarczynski)